先輩

5・6年前に職場の先輩に飲みに誘われた。


季節は11月だったと思う。

少しづつ街中にクリスマスの装飾やBGMが増えてきてた時だったから覚えている。


いつもは明るい先輩がその日は元気が無ない理由は何となく分かっていた。



だけど、先輩がその事を話すまでは黙っていよう。そう思って潜った居酒屋の暖簾。


薄暗い店内。奥の個室に案内され、とりあえずのビールで乾杯。


先輩は軽く「お疲れっす」とグラスを合わせると一気にそれを飲み干した。


「ふうぅ」ため息にも似た声を出すと、ついに話し始める。


僕は気にしてない素振りでビールを飲む。メニューを開いてつまみを選んでいるフリをして先輩を盗み見。



目頭を熱くさせた先輩。唇を噛みしめてゆっくりと。ゆっくりと。



「彼女にフラれたわ。昨日。」


やっぱり。



先輩には5つ年下の彼女がいた。


付き合ってもうすぐ1年になろうとした時くらいから最近仲が良くないという話は何かいか聞いた事がある。

僕も何度か会った事はあるが、よく気が利くいい子だなという印象だった。



テーブルの上に無造作に置かれた先輩の携帯電話には仲良しの押し売りのように張られていた彼女とのツーショットののシールが剝がされていて、その箇所だけが真新しい黒の携帯のカラーをあらわしていた。


「俺さ。結婚を正直考えててん。でもダメだったわ。」



「…そうっすか。」


原因は何かとかそういうの聞くのは違うかなと思って軽く返すだけにした。今更原因を聞いたとこで先輩はフラれたのだ。もうどうしようもない。僕に出来るのはとことん先輩の話を聞くだけ。



店員を呼び、すぐさま先輩のビールのおかわりを注文。えぇいこうなりゃ僕も今日は付き合おう。



「すいません。ビールやっぱり2杯で。」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆……☆☆☆☆☆☆……☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

2時間程経った時。先輩がついに泣いた。


後輩の前では泣くまいと我慢してたのだろうけど、焼酎と失恋の水割りに負けた先輩は声を上げて泣いた。



好きだったんだな。彼女の事。


いいよ。先輩。(ヒック)今日は泣いちゃって。俺、られにも言わねーから。


流石に酔ってきたな俺も。




「ちょっと、ごめんな。とことん泣くわ。んでスッキリしていい?」



「いいっスよ、泣きんさい。明日からまた頑張りましょうろ。」



タイミング悪く、店内BGMには中島みゆきの「糸」が流れてくる。



こんな時に流れなくても…。



♪なぜ めぐり逢うのかを~♪



拍車がかかったように泣く先輩。そして呟く。



「これ、いい歌だよな。…結婚式でかけたかったわ。」



「そうっすか…。じゃあ、次に取っておかんとダメっすね。」



♪いつ めぐり逢うのかを~♪




「お前、これ歌える?」



「まぁ、怪しい箇所もあるけど何とか。」



「歌ってくれ。」



「今っすか?」



「ちょっとでいいから。」



しょうがねぇな。


酒も入ってたし、他の客も少ないし。先輩の為だ。下手くそだって構うもんか。




BGMに合わせて歌うよ。先輩。




♪た~ての糸はあなた~


頷く先輩。その反動でこぼれる涙。



♪よ~この糸もあなた~



「おい。」



「はい。」



「今何て言った?」



「いや…歌詞通りっすけど。どうしました?」



「いや、歌詞の登場人物が一人だけだったような…」




うるせえな。気持ちよく歌ってんのに。

 

邪魔すんな。

 

あといつまで泣いてんねん。



「気のせいっスよ。さ。今日は泣きましょう!飲みましょう!」


「…そやな。」


水割りに口づけする先輩。

タバコに火を付ける。



♪こんな糸が なんになるの


心許なくて ふるえてた風の中♪





さ!ふざけるぞ!



♪た~ての糸はあなた~




先輩がタバコの煙を吐く。




♪よ~この糸もあなた~



先輩煙を飲み込む。



「おいって。結果独りぼっちの歌やんけ!」



「うるせーよ!もういいやろ!一人で編んでろ!」



「お前最初からそう歌ってたやろ!!」



「先輩先輩!!もう1回サビ来るから!!一緒に!?」



「♪た~ての糸はあなた~♪よ~この糸もあなた~なんでやねん!」



先輩余計泣いちゃいました(笑)



いやぁ。いい歌っすよね。本当。




そんな先輩、その後知り合った女性と結婚。今も仲良くやってるみたいです。
(くそ!!)

 

 

 

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