哀愁2

時間にして2、3秒だったと思う。


ほんの少しの沈黙に何故か緊張してしまっている自分がいた。


話しかけてきたのは向こうだし、僕から話すような事は何もない。


ただ、少しほろ酔い気分で最終電車に揺れていただけだ。


そこに土足ではないとはいえ勝手に僕の空間に上がり込んだのはサンタの方だ。


何故、こちらが気にしなくちゃならない。馬鹿馬鹿しい。



しかし何故だろう。嫌な予感が過る。


具体的な物ではないが何故か得体のしれないような妙な不安。



それは…



「明日は用事があるので買い物は出来ないんですがね、また時間があれば行こうかなと思ってるんです。」



「あぁそうなんですね。次こそは買えるといいですね。ipod。」



返事の変わりにサンタがにんまり笑う。



「ところで、」


メガネフレームを人差し指で上げながら老人がこちらを見つめる。


「はい。」



「お兄さんのipodはやっぱりパソコンで取り入れてるんですか?ダウンロードとか何かややこしい作業ってあるんでしょうか。」



今でこそ、パソコンも持ちそこそこの操作は出来るようになってはいるが当時はパソコンはおろか【ダウンロード】という言葉も聞いた事あるようなないようなそんなレベルの僕には、サンタが何を言ってるのか全く理解できていなかった。


「そ、そうですね。まぁダウンローズも時と場合によっては…。」


何がダウンローズだ。



「私はね?基本パソコンで曲をまとめる時とかは歌手ごとによってフォルダに分けているんです。」


ふぉるだ?


「い、いいですよね。フォルダ。」


「??」


いかんいかん。今のはNGワードだったみたいだ。


アイドルグループではないな。パソコン用語なんだきっと今のは。


「まぁ。分けておいた方が分かりやすいですからね。」


これはどうだ。


「そうなんですよ。今じゃ何百曲もあるからフォルダ探すだけでも一苦労でして。」



僕が降りる駅まであと2駅。



何とか持ち堪えれるだろうか。


サンタもどんどん質問してくる。その度に当り障りない返しをするがもう限界っぽい。


これ以上専門的な事を聞かれたら答えられない。



そして今更、僕が聴いてるのはMDでしたー♪なんて言えない。



永遠のように感じたサンタとの電車旅行。


ついにサンタが仕掛けてきた。




「お兄さんのipodどんな色なんですか?」

 

 

電車は僕が降りる駅の1つ前に到着。


あと一つ。



ここを乗り越えたら俺の勝ちだ。


「そうですね。シルバーです。」


ここはセーフだろう。だいたいシルバー・ブラック辺りはあるだろ!


「なるほど。シルバーですか。ちなみに…」


このジジイまだ質問すんのか。記者会見並に来るやん!ぐいぐい来るやん!


「あ、普段どういった音楽聴いてるんですか?」

こっちが仕掛けてやる。俺の番だ。


行け!サンタを倒せ!!


「そうですね。今だと槇原とか松任谷が多いかなぁ。それかクラシックですかね。」


「クラシックですか。お洒落ですね~。僕詳しくないんですけどおススメとかあるんですか?」


どうだジジイ。ipodの事なんか忘れてしまえ。

そうこうしてる内にもう俺が降りる駅だ!


「クラシックでおススメですか。」


サンタは嬉しそうな、それでいて困ったような顔をする。



「クラシックの入門編としましてはですね…」



まずい。この話超絶つまんなさそうな気がする!!!


しかし!神は僕を見捨てませんでした。



駅に到着したのだ。



いつも見慣れてるはずのさびれた駅のホームがその日だけはお花畑に囲まれているようでした。



「あ、すいません。僕ここで降りるので。」


じゃあなジジイ。


メリークリスマスだ馬鹿野郎!!


僕に合わせてサンタも立ち上がる。


「奇遇ですね。私もここで降りるんですよ。」



神はいませんでした。

 

 

その後、「もしよろしかったら」と駅前の居酒屋に誘われて2人して朝方まで飲んだんです。流石にもう限界だったので「実はMDなんです」と告白しましたがね。

「あぁ~そうだったんですか。」と気にも留めない様子のジジイ。


この爺さん、マンションのオーナーだったようで。


3年ほど前に奥さんに先立たれ奥さんが好きだった曲をいつも聴いていたいという想いでパソコンやipodにも興味が沸いたようでした。


当時、まだ独身だった僕はこの日を境に仲良くなって。


爺さんのマンションに引っ越す手配をしてもらいました。(格安の家賃で)



結婚して、引っ越した後も2、3か月に1回はご馳走になり。色んな話をさせていただきました。





お子さんはいらっしゃらないという話だったので。


きっと寂しかったのかな。


仲良くなってからも基本丁寧な口調は変わりませんでした。


どっちが美空ひばりのモノマネが上手いかで勝負したり


ラウンジの女の子で俺と爺さんどっちが好みか聞いてて自分が負けそうになった時に「マンションのオーナー」という肩書出してズルしたり。


紳士だったけどたまに子供のような。


僕にとっては親父というより友達のような。


付き合った時間は短かったけど。


自分で言うのもなんだけど。



ほんの少し息子のように思ってくれてたら嬉しいです。


7月は爺さんの月命日。



ごめんじいさん。命日は忘れちゃったよ(笑)



本格的な夏が始まる前の7月。


あの日、寒かったけど暖かかった じいさんと初めて出会った日を毎年思い出します。



メリークリスマス じじい!

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